2019/07

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アイスはしろくま


コーヒー牛乳は白バラ


この2つの組合せ 最高。
昨夜 我が家の冷蔵.冷凍庫に2つともいてた。

 

テンション 上がるわっ


夏は“白”に惹かれちゃう。


勿論、ここ最近 常に白Tシャツ

夏はやっぱり“白”ってことで…


いろんな人がいる。
近々では、所属してる組織 
もっと大きく言えば、社会全体

 

社会は厳しい。
社会は冷たい。
‘部分もある…’と付け足しておくが、

 

相応の覚悟を持ってその中で立ち振舞わなければならない。
その中で、さまざまなことを感じる。
悩みに発展する嫌な事もある。
その真逆なことも勿論ある。

 

嫌な事に目を向けると、
難しいのがその人の性格により捉え方が様々で
細かい事だと割り切っていちいち嫌な事は気にしない。
って言う人もいれば、

頭では自分に言い聞かせてても、

敏感に神経質に気にしてしまう人もいる。


その改善策として、

自分に絶対の自信を持つ事
そのために、自分の能力向上
キャリアアップに努める事


そうすれば、同じ土俵に立っていちいち腹立てたり、

愚痴を言ったり、聞いたり、しなくて済むのではないか…

 

キャリアアップに努め、自分に自信をもつ。


多種多様な場面に遭遇する社会で生き甲斐感じて生きていくには、

のことは最重要必要なことなのではないか…

と思った。


一生意識


身近にいる若者との会話から、改めてそんなことを考えていた。
 


「シュッってしてる。」
そのものの表現をいろんな含みを持たせて表現する言葉
大抵 褒め言葉として用いられてると思う。
なかなか便利な表現言葉
うまく具体的にそのものを表現できない時にでも、

その一言が全て

って感じで言い表している。

 

そんな“シュッ”っとしたもの
確かに格好いいが、愛想というか、愛嬌に欠ける。
格好、スタイルも大事やし、いいに越したことないが、

愛嬌もかなりなウエイトを占める武器になる。

 

なんでも、憧わられて、可愛がられる。
これが一番理想なのかもしれない。
 


 この時期重宝するのがウエストポーチ 


今やそばにいてくれないと気が気でないスマートフォン
旧型でも小型のiPhone を愛用してるとはいえ、
ポケットに忍ばせてるとかさばるし、

汗や雨などの水が怖いし、圧力による衝撃も怖い。


あと、財布 たいして入ってなくても、

トラックに置いおいては用心悪い。
うかうかしてたら弁当もやられる始末やから…


煙草もしかり


上着のポケットがないTシャツ
スポンのポケットは作業性が悪くなるし、

いろんな面で心配


そこで登場するのはウエストポーチ 
あれは便利。


大げさに言えば、
ドラえもんのポケットにも匹敵すると思っている。
いろんなタイプのものを試してみたが、

サイズ的にも、着け心地的にもしっくりくるお気に入りのやつがある。
色違いの同じもの3つ持っていて、
洗い替えや気分に応じて変えている。


腰バサミやウエストポーチ 

腰に色々付けてはいるが、慣れてしまえばどうってことない。
気に入ったものが、使い勝手いいものが、
納得のいくものが、身の回りにあるということは安心できる。
あちこち 動く生活なのでそれが一番
なくてはならないアイテムです。


人手不足 深刻化
こんなニュースをよく見聞きする。
少子高齢化など様々な要因が影響してるらしいのだが…
もはや人ごとではない状況に置かれてることに今更ながら気付く

 

「じゃあ お前が頑張れよ。」

自問自答するが、

 

「よっしゃ。」

とはいかないのが辛い。

 

暑くなってきてるこの環境下
一人二役は自信ない
というか、無理。
仕事の質も落としたくない。

 

目の前のものに全力投球
目指したい。
とはいえ、やれる事はやれるだけやってみたいと思う。
×2は無理でも、何割か何分 伸びればいいじゃないか…
 


まさに、時代にそぐわない。
最近の女優さんや歌手 タレント 芸人さんが誰なのか…

分からない。覚えられない。


テレビ番組の場合、字幕や紹介の言葉や文字があるので、

「あぁこの人が、◯◯かっ」
って思うのだが、残念ながら頭に残らない。
コマーシャルなんて、

「あっ この人 かわいい。」

「あっ、この人 格好いい。」

なんて直感好みで思うのだが、だれがだれだかわからない。
名前と顔が一致しない。
無駄な抵抗かも知らないが、せめてコマーシャルにも、

せめて名前だけでも字幕が入って欲しいなんて思う。
そしたら、もっと覚えれる気がする。


まぁそもそも 頭に残らないってこと自体がおじさん化してる証
昔は、簡単に顔と名前が一致して、簡単にファンになったりしてたのだが…
あの頃が懐かしく、羨ましく思うこの頃…
 


イメージを描くことは必要かつ、大事。
でも、現実を注視することも必要かつ、大事。

イメージに支配されて押し潰されてたり、諦めたり、

へり下り過ぎることは厳禁。


現実を省みない生き方も危険。

ならどうすれば…

イメージして、冷静に判断して、現実をイメージに近づける意識と努力が必要

出来なくはない。

強い意志を持って試みよう。


人の話はよく聞くようにしよう。
勝手に判断して、ええ加減に聞くのはよそう。


話しをよく聞いとかないと、損する時もあるし、

恥をかくときもある。


幼い時から言われてきた事なのに…


聞き流しもやめた方がいい。


聞いて、理解して判断する。
時と場合により、出来てない時があることに気づく。
もうこの歳になったら、後悔したくないし、恥ずかしい思いもしたくない。
目で見て、耳で聞いて、行動する。
当たり前のことなのに…
あわてんぼうのおっさんは格好悪い。


やらなきゃならない時がある。
やらなきゃならない事がある。

目を背けたくなる。
逃げたくなる。

そんな時でも、誤魔化さず正面から向かい合う。
結果どうであれ、その姿が格好良く、美しい。
自信がなくても、臆せず、逃げず、背けず
やらなきゃならないのなら、やらなきゃしょうがない。
同じやるなら、後悔のないよう全力で向き合う。

 

そんな姿を感じたい。
そんな姿を感じてもらいたい。

 


“自然” “natural”
その言葉の響きと湧いてくるイメージの雰囲気が心地よく感じる。


人間もそうであったほうが関わりやすいと思う。
「あの人は天然やっ」なんてよく表現されてる人がいるけど、

それはそれでその人の自然な言動として受け入れられる。


それよりも、着飾ったり、変にすかしてみたり、

過大過剰に誇示したりしてる人
本来の自分の姿を隠さなくてもいいのに隠すことに

注力してしまう人はどんまいだと思う。
時に自分も反省する時がある。


そちらに意識を向けるのではなく、

自分の持ってる自然な姿

自分にしかない特性の精度を高めることに意識した方が、

自分磨きにもなるし、

個としての自分を引き立たせ、

成長させることができると思う。


自分で認めたありのままの自分の悪いところは修正したり、

無くしていく意識と努力は必要だが、

ありのままの自分の個性、特性、自然な姿を

ひっくるめて隠そうとしたり、

大きく見せたり、化かそうとする必要はない。


それは他の人には文字通り不自然だと察知され、

好印象を与える妨げになっているのではないかと感じてしまう。


不自然さを察知する力は敏感できっちり見破られてるところが多いはず。


“素”のままの自分で勝負
誤魔化すのではなく、“素”の精度高め、“素”の魅力を濃くしていく方に

注力すべきだと感じるこの頃
そんな話題にした本日の壱人言